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山本 寛氏

学校法人福岡成蹊学園福岡外語専門学校
理事兼法人本部長

出会い

「日曜日に留学生を集められます?」


非常勤の先生から突然の相談でした。


「国際交流会の留学生の参加が少なくて困ってるらしいんです。参加費無料でいいから留学生を動員できないか頼まれたのですが・・・・・。」


開催日程は1週間後です。

 

聞けば、その非常勤の先生も同じ語学サークルに所属する女性から相談されたとのこと。その女性も奔走されているご主人を助けたいという一心から可能性のある人に声をかけていたようです。そうです。その方は阿比留教授の奥様でした。


一瞬躊躇しました。『この納期で集められるかな・・・。』


でもすぐに、『いや、意外と簡単かも・・・。』と思いました。


なにせ無料です。ロハです。タダです。飲み食い付きです。


こんなおいしい話にはそうそうお目にかかれません。



当時は副校長を任されていたこともあり学生たちを動員することはそう難しいことではありませんでした。


在校生に声をかけて、ものの一週間で30名の学生が集まりました。国籍も様々です。


 

開催日当日。


学生たちは各自で案内通り参加した・・・はずです。


私自身も参加していません。引率もつけていませんでした。学生たちの自由参加としていました。


様々な場面で学生たちにブッチされたり、ドタキャンされた記憶がふとよみがえります。


不安になります。大丈夫だったのでしょうか。


 

そして実はもう一点気になっていたことがありました。会場です。


その場所は元ストリップ劇場博多ロックハリウッドを改装したお店だったのです。


最初に躊躇した理由のひとつでした。


色々な点で不安が拡がります・・・・。


 

そんな時です。阿比留先生から電話がかかってきました。


「交流会の反省会をしますので、山本さんも参加しませんか?」


 

反省会の会場となったのは天神のとある企業の事務所でした。


その会議の中で動員した留学生たちも多数参加したことを知ることができました。


(全員ではありませんでしたが・・)


結果、大盛況だったということでした。


一安心です。


 


そしてなごやかな雰囲気で会議を終えると最後に阿比留教授が目をキラキラ輝かせながらこう言います。


「山本さんの学校には色々な国の学生がいるんですね。良かったらこれからもご協力くださいませんか。」


2014年秋、Breakthroughの福岡友情ネットワークの定期ミーティングに参加することになったキッカケでした。


 


想い

時間の経過とともに少しずつその他のプロジェクト活動にも関わり始めました。


学生たちの前向きな姿勢と活き活きとした姿にビックリです。


阿比留教授の指導も新鮮でした。学生を信頼し、勇気をもって任せきります。その一方で叱るときは


真剣に叱ります。はたで聞いていると「そこまで言う?」というレベルです。


そんな環境の中で学生たちはめきめきと成長していきます。私にはその姿はまぶしく感じました。


うちの学生たちにも同じような体験をさせてあげたいと強く思いました。


 

曲がりなりにも今日までメンターとして関わってきたのはそんな想いがあったからです。


ですから「メンター」と自ら名乗るのは少々面映ゆい感じがします。


むしろ私の方が学ばせていただいている感が強いからです。


自分のコメントや指摘がどれくらい彼らの役に立てているのか・・・。甚だ疑問です。


 


もし、彼らに対してアドバンテージがあるとすれば、年の功ぐらいでしょうか。


ただ、それも人口ボーナス期真っただ中を生きた人間の経験に基づく価値観です。


誰も経験したことがない人口オーナス期を生きる若者たちの道標と果たしてなりうるのでしょうか。


迷いながらも私は自分の価値観に基づいた物言いしかできないもどかしさを感じています。


 


それでも彼らには多種多様な考え方に触れ、主体性と判断力を育んでいってほしいと強く願います。


もしかしたら自分もその一端をわずかでも担えているのかも・・と思えることはとても幸せなことです。


そして、ここのところ彼らと接していると、よく感じます。


「意外とこれからの未来は明るいのかもしれないなぁ・・」と。

山本 寛氏
山本 寛氏
山本 寛氏
山本 寛氏
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