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2022年 1月7日講義

㈲杉岡製材所 代表取締役

杉岡 世邦 氏

いつもお世話になっている皆様へ

ただいま、入院中!

 講義が行われたのが1月7日なのに今日は1月26日で、いくらなんでも今回の感想メールは遅すぎるのではないと思われる方も多いと思います。実は、私は1月9日の夜、ベットに入ったころから突然寒気と震えに襲われ、身体を温めるためにベットの中で全身運動をしていると、なんか呼吸困難になり、そのまま救急車で済生会病院に緊急搬送されました。通常のCRP(炎症反応)の値が0.8位だったのが、十倍の8で血圧が低下しており、救急救命センターに入りました。一番の懸念は、昨年の2月に行った上行大動脈が破裂する危険があったので、人工血管に取り替える開胸手術をしていたのですが、それが炎症の引き金になっているかもしれないということでした。もしそうであるなら、抗生物質で細菌を叩くか、人工血管の取り替えかと言われ、目の前が真っ暗になりました。幸い、1月13日から福大病院に転院し、その後、一日四回の抗生物質の点滴で、数値も劇的に減少して、1月24日には1.44まで低下して入院前の状態も視野に入ってきました。他の数値も正常で、体温、血圧など、通常通りで、なぜ入院しているのだろうと思うくらいです。ただ、ドクターによれば、抗生剤で叩けるだけ叩いておきましょうとまた退院の話は出ていません。でも、遠くない将来、退院できるものと思っております。

日本の林業のビジネスモデルが破綻

 ところで、今回は杉岡製材所の杉岡世邦さんの講義でした。杉岡さんとは、福岡市内の

異業種交流会で出会いました。打ち上げで、隣に座ってお話を聞くと木挽頭領であると言われ、「え!」と初めて聞く言葉に興味を持ったわけです。木挽棟梁とは、魚市場に例えると、仲卸人のような立場で、消費者の求めに応じて魚を提供すると同様、木材消費者の求めに応じて、最適の木材を専門家の立場から提供する人であることがわかりました。

    私は、よく海外もいくのですが、インドやヨーロッパ(特に地中海)などから見える山にはほとんど緑がなく、それに比べて、日本は国中が緑に囲まれているとても、美しい国であると思います。実は、私は長崎県の対馬の山奥で生まれ、農林水産業がおもな生計の手段となっています。小さい頃から、山には椎茸栽培、植林の手伝いをしに山に行ったことがあります。その時に、よく言われたのが、「この木は将来、お前が大学に行く時のために」と言われていたのですが、木を売ったという話は聞いたことがありませんでした。実際に木を売ることを言葉にしたら「ご先祖さまに説明ができない」と売ることにとても、躊躇があるのです。子供ながらに、林業はビジネスとしては、破綻していると思った記憶があります。生産から資金回収までにあまりにも時間がかかるからです。また、私が、記憶している限り、木材市場が低迷が長く、販売しようとしても、切り出して運送し、製材していると費用が販売価格を上回ることもあり、全くお金にならないという事情もありました。

住まいのモノサシ・木挽棟梁のモノサシ

 原さんが提唱されてる公益資本主義の理念を表す図の中に地球という円がありますが、地球を守るのにとても重要な役割を果たしている、森林を支える林業がこのような現状でいいのもだろうかと私は、ずっと思っておりました。杉岡さんは私のこのような疑問を自分の問題と捉え、講演活動や、執筆活動を通して、このような問題に対して発言を続けておられます。杉岡さんのホームページを見ると

https://sugiokatoshikuni.com

住まいのモノサシ・全42回・西日本新聞(2012.10ー2016.03)

木挽棟梁のモノサシ・全15回・西日本新聞(2009.11.22ー2010.03.14)

などの記事にアクセスできるので、是非、ご覧ください。

 日本の山林は、地球環境には大きな貢献をしているものの、排出権取引の枠組みの中には、この貢献は正しく反映されていないのではないかと私は感じている。日本の林業のビジネスモデルが破綻したままだと、美しい日本を維持していくことはできないのではないかと危惧しています。昔、私が中学生の頃、植林の将来がこのようがことになると正確に予知する人が多かったら、今日このような美しい国土は実現していなかっただろうと思います。その後の日本は、国産材から外国財へのシフトが起こり、日本の木材マーケットは壊滅的な打撃を受けます。

禿山の多かった江戸時代

 人は、未来からものを考えるのではなく過去から物を考えているように思います。私が小学一年生の時に、対馬に電気が来て、日本中の電化が完成したことは前に書きましたが、それ以前は、燃料といえば、薪でした。小さい頃の日課として薪割りがあったことも懐かしい思い出です。その頃には山林王という言葉もありました。事実、島根の田部家は日本最大の林業家として知られ竹下登元総理を支援したことでも知られています。このような山林王は、日本各地に存在しており、このように戦前の社会では現代で言えば、アラブの富豪に例えらる存在であったようです。杉岡さんによれば、江戸時代の日本は私が見たインドの砂漠や地中海の山と同様、禿山が多かったそうです。それは、燃料として、使われていたことによります。これは、インドの現状と同じです。私が、小学校の頃までは、多くの人が、炭焼きで生計を立てていました。薪は、煙が多く出て、屋内で暖を取るには薪ではなく、木炭でなければ、煙たくて堪らないので、コタツには木炭が使われていました。このように、石炭や石油や電気が現れる前の時代は、木材は金のなる木だったのです。

 ところが、私が小学生になった頃から、燃料は石炭、石油、電気の時代になり、住宅もそれまでの木造住宅から、集合住宅がどんどん建設されるようになりました。それまで、30%から50%あった、木造住宅の中に木材費用の占める割合がどんどん低下し、現在は8%程度と家の値段の消費税額にも満たない水準でしかありません。この背景には、輸入木材が安いこともあり、現在輸入木材の比率は60%にもなっており、国産材は相手にされなかったという事情があります。

日本の美しい景色とコスト

 このように日本の美しい景色の背後には、お金にはならないにもかかわらず、山を守ってきた人たちの報われない努力に支えらているという現実を知る必要があります。しかし、コロナという災難は、国産材のマーケットにも新しい風を吹かせようといています。それが、ウッドショックです。2020年の5月頃からアメリカにおいて、リモートワークで自宅にこもるようになったことをきっかけとして、郊外に新築の自宅を建設したり、リフォームを行う流れが加速し、木材供給を大きく上回る需要が発生し、木材価格が国際的に上昇するという事態が発生しています。これが、国内の木材生産者に長期的どのような影響があるのかは私にはわかりませんが、日本の美しい自然を維持することが、コストをかけないでは実現しないという事実を突きつけたという意味では大きな意味があると思います。

 岸田内閣は原さんが提唱される公益資本主義を「新しい資本主義」という名前で呼び、経済分配の増額を政策の中心に据えていますが、日本の農村や山林という日本人の胃袋と環境を支える人々が、高齢化の結果として、継承者がいないために、廃業、消滅していいる中で、とても大切な公約であると思っております。そのためにも、国産材が住宅価格に閉める比率をせめて、今日の2倍の16%以上を実現して欲しい物であると思います。杉岡さんが推奨されているように今日の建築で木材が脇役としてではなく、隈研吾氏が建設した国立競技場のように木材の魅力を主役として全面に押し出すような国家的な取り組みに期待したい物です。

師匠レウォン君、杉岡さんの講義にも興味津々

 今回の講義には、私の師匠である小学校6年生のレウォン君もお母さんと一緒に参加してくれました。私は、レウォン君にとって杉岡さんの講義が興味のあることかどうかとても心配でしたが、実際には、レウォン君にとっても杉岡さんの講義は心に響いたようで感動する話には、年齢制限がないことをつくづく思い知らさせました。杉岡さんは木材の魅力を知ってもらうために2枚の杉の板を教室に持ち込み、全員に木の魅力を身体で実感してくださいと言われました。この木を触っていたレウォン君は、「この2枚の板色も香りも違うけど、同じ木から取れた物ですか?」という私には思いもつかない質問をし、すっかりその木が大好きになってしまったレウォン君に杉岡さんから「そんなに気に入ったなら、あげるよ」と言われました。彼はそれを宝物のように大事に持って帰りました。また杉岡さんは講義の中で、木、林、森といった木を含んだ漢字に注目し、白川静氏が編纂された「字統」という字源辞典に触れられました。私には、全く何の印象もなかった話だったのですが、講義が終わって、最初に講師のところに行き、色々と質問していたのがレウォン君でした。講義後には、一緒に食事をしようと思っていたので、帰ろうとすると、字統を買いたいのでツタヤに行きたいと言われ、一緒にツタヤに行きましたが、すごく分厚い辞書で、象形文字の成り立ちから意味までとても詳しく書いてある本で、小学生がなぜこんな本に興味を持つのだろうと、改めて、彼は私の師匠であることを教えてくれました。

    

しばらく入院しますが、学生たちがいるから安心

 今回の講義で、今年度の講義は最後となりますが、ベンチャー起業論の活動としては、来年度のプロジェクト始動のための準備としての企業説明会など、春休み中も学生たちは活動しています。私は、しばらく病院に入院することになりそうですが、入院していても学生たちは、何をしなければならないかを先輩から学びながら、活動してくれるので、私は安心です。

​​2022年1月26日 阿比留正弘

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